学級開きの2日目に起こった波乱
中学3年生の某クラスを担任した時の話です。
そのクラスは、学年で一番手のかかるAくんが
在籍しているいわゆる重いクラスでした。
私もそれなりの覚悟をもって臨んだのですが、
学級開きの2日目の学活で突然生徒が教室を
飛び出すというハプニングに見舞われます。
これまた学年で手のかかるBくんが
「学級委員長になりたい」と言い出し、
私が首を縦に振らなかったことに
腹を立てたらしいのです。
それからが本当に大変でした。
前年度まで生徒指導の最前線に立っていた私に対して、
問題児たちが矛先を向けたのだと思います。
ある書籍の中で、
「クラスが一度崩れたら修復はほぼ不可能。
あとは、心身が病まないようにやりすごすことだ」
とあり、なんと救いのない状況か、
と天を仰ぎたくなったのを覚えています。
毎日が、彼らの反発との戦いの連続でした。
2:6:2の原則に従い、4月は「私寄り」の
2割の層との関係構築に注力していたのですが、
それすら危うい状況でした。
何より手を焼いたのが、これまでの手法が
まったく通じなかったことです。
学年No.1のAくんや、クラスを飛び出した
Bくんなどは明らかに特性をもっており、
普通の中学3年生に話すように理をもって
説こうとしても、まったく噛み合わないのです。
改めて、特別支援の視点を学級経営に持ち込むことの
重要性を痛感しました。
生徒との小競り合いは何度もありました。
集会中に、タブレットで動画を見ていた
Aくんからタブレットを取り上げたら、
本気で起こってつかみかかってきそうに
なったこともあります。
そのときは私もひるまず廊下で応戦し、
しばらく睨み合った後、落ち着かせて
教室に入れて事なきを得ました。
また、Bくんが机を蹴って凄んできたときは
「出ていけ」と一喝し、階段に座って
泣いている彼をフォローしました。
それ以外にも数人のやんちゃがクラスに在籍しており、
取っ組み合ったり、怒鳴りつけたりして、
殺伐とした毎日を過ごしていました。
こう書くと、なんだかんだいって
生徒を抑え込んだのだと思われるかもしれません。
しかし、ここぞという場面でガツンと叱っているだけで、
なすすべもなく手をつけられなかった場面も無数にあるのです。
1つ1つと全力で向き合っていたら、
こちらの身が持たなかったというのが
正直なところかもしれません。
実際、このとき私は原因不明の腰痛に悩まされ、
足繁く鍼治療に通っていたのです。
今はすっかり鍼治療とは縁が切れているところから
推察すると、あの腰痛は間違いなく生徒指導からくる
心労だったに違いないと思うのです。
見えない部分を大事にする
クラスを立て直すために、
なんとかしないといけないと思った私は、
まずは目に見えない部分を大事にしようと思い立ちます。
生徒が帰ったあとの教室を掃除して、
まずは環境を整えることを心がけました。
そして、ゴールイメージを「感動の卒業式にする」
と決めました。
日本には古来「予祝」という考え方がありますが、
私は感動の卒業式になって晴々とした教室を思い描きました。
誰と誰が笑っていて、女の子が数名泣いている。
私の最後の話に聞き入る生徒たち。
学活が終わったあとの記念撮影。
それらを何度も思い描いて、
自分の中にゴールイメージとして
落とし込むことを行いました。
さらに、「学級が落ち着いた理由」
「感動する卒業式になった理由」を
ひたすらEvernoteにメモ書きしていきました。
1テーマにつき、400〜500ほどリストアップし、
総計して1000個以上のリストアップに取り組みました。
この手法は、ある書籍にセルフイメージ改善の方法として
紹介されていたものです。
打つ手が次々と封じられていた私としては、
藁にもすがるような気持ちでリストアップに
取り組んで行ったのです。
「そんなことしてなんの役に立つんだ」と
思われるかもしれませんが、
セルフイメージが書き換わることでしか
現実を大きく変えることはできないのです。
こうしたリストアップに取り組み出してから、
私は自分や生徒たちの力を信じられるようになり、
「感動の卒業式」というゴールイメージを
現実の目標として描けるようになりました。
その頃から、少しずつ学級の様子が
変わっていったのです。
さらに、毎日のA4用紙で行っているメモ書きの中で、
大変な生徒がもたらすメリットについて
延々とリストアップをしていきました。
Aくんがいてくれることが、
自分にどのような恩恵をもたらしているのか、
それを毎日毎日メモ書きしていくのです。
不思議なもので、これをやっていくと
大変なAくんのことがかけがえのない
生徒に思えてくるのです。
「彼が学校に来なければいい」と思っていたのに、
「彼がうちのクラスにいてくれてよかった」と
本気で思えるようになってきたのです。
それから卒業式まで、Aくんが指導で
私の手を焼かせることは1度もなかったのです。
自然の摂理に従う
「波動で学級を立て直した話」とタイトルに書きましたが、
本当のところは私にもわかりません。
ただ、目に見えない領域にテコ入れしたことで、
あれほど重かった生徒たちが変わっていったのは事実です。
私自身、クラスを立て直すにあたり、
学級経営の原理・原則に従って動いていました。
いくら目に見えない領域にテコ入れしても、
原理・原則から外れていたら大きな成果は
得られなかったと思うので、
これらは車の両輪のような関係だと思います。
もう1つ意識したのが、自然の摂理に則ることです。
ありとあらゆる不幸・不運の原因は、
自然の摂理から離れることより生じていることを
知っていたからです。
逆に、組織を立て直したり、
長期的な繁栄を実現したりしようと思えば、
自然の摂理に則ることは不可欠です。
非常に残念なことですが、傍若無人な振る舞いで
教師やクラスに迷惑をかけていた生徒は1人残らず、
高校に不合格したり、中退したり、
仲間からのいじめに遭ったり、
ときつい試練にあったようです。
つくづく、因果応報の恐ろしさというものを
目の当たりにした思いでした。
感動の卒業式
さて、私が思い描いたゴールイメージである
感動の卒業式ですが、みごと実現しました。
面白いことに、私が思い描いていたのと
ほぼ同じ光景が当日繰り広げられていたのです。
改めて、予祝やイメージの力のすごさを実感しました。
私が何より感動したのは、ある生徒がくれたメッセージカード
の中の言葉でした。
「僕たちの大変だったクラスを卒業式まで
導いてくれてありがとうございます。
僕は先生のことを心から尊敬しています。」
このメッセージを読んだ瞬間、
1年間のすべての疲れが吹っ飛んだのを覚えています。
そう、この感動のために私たちは
教師という大変な仕事に立ち向かっているのですから。

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