働き方改革について

仕事

公務員が働き方改革を口にする愚

「働き方改革」という言葉が世の中に浸透して久しいですが、
この言葉の意味をどれほどの人々が理解できているかというと、
はなはだ疑問です。

そもそも、「働き方改革」は一体誰のために打ち出された概念か
考えてみてください。

日本という国が、資本主義経済で成り立っていることを思えば、
国が労働者の働きやすさを考慮して「働き方改革」を
積極的に推進するはずがないことに考えが及ぶはずです。

では、企業が国の方針に従って「働き方改革」を
推進するのはなぜでしょうか。

一番の理由は、残業代カットで人件費の大幅削減を
推進することなのであって、
労働者を気遣ってのことではないのです。

こうした世の中の仕組みを敏感に洞察できないと、
道化や傀儡にされてしまうので注意が必要です。

ということは、残業代が出ない教員が
「働き方改革」を連呼するのは、
道理に合っていないということになります。

むしろ、現場の仕事が回らなくなったり、
子どもに注ぐべき指導の質が下がったりと、
踏んだり蹴ったりの悲惨な結果を招くことに
なりかねません。

そもそも「働き方改革」は管理職が口にすべき言葉であって、
一般教諭が振りかざす旗印ではないことを銘記するべきです。

コロナ禍で進んだスクラップ&ビルド

とはいえ、教員がいたずらに煩雑な業務に追われる現状は、
決して好ましいものではありません。

2020年から数年に渡って続いたコロナ自粛ムードには
「負の側面」もありましたが、世の中を立て直す
「正の側面」があったことは否めません。

学校現場においても、コロナ自粛によって
様々な行事や業務が見直されたりして、
教師の業務量が少しずつスリム化の方向に
動き始めています。

しかし、組織の中における個人の業務量には
相変わらず偏りがあり、

いわゆる「仕事がデキる人」と
「仕事がデキない人」との間には、

歴然とした差が生じているのも確かです。

特に、近年若者の教員離れに拍車がかかり、
優秀な人材が現場から減少していく傾向にあります。

現場の人材は文字通りスカスカであり、
一部の優秀な教員によってかろうじて
現場の平和が保たれているという
危うい状況があるのです。

私がこうしてブログを綴っているのも、
そうした現場の危機的状況に対して
何とか一石を投じたいという義憤にかられて、
ということも一因なのです。

話を戻しますが、教員の業務量をスリム化させる
という考え方には、私も諸手を挙げて賛成です。

しかし、何でもかんでもスリム化すればいいと
いうものではありません。

スリム化してはいけない仕事の代表格が、
「授業の準備」と「生徒指導」です。

この2つを軽視した学校は、
間違いなく衰退の一途をたどります。

逆に言えば、荒れた学校を建て直すためのポイントも、
また「授業の準備」と「生徒指導」に他なりません。

どんなに「働き方改革」が叫ばれようとも、
私たち教師はこの2つの仕事の質と量の追究から
目を背けることはできないのです。

仕事の本質を見抜く

先ほど、「デキる教員」ほど仕事を振られる現状がある、
と書きました。

では、彼らは毎日夜遅くまで職場に残り、
仕事一色の人生を送っているのでしょうか。

もしかしたら、そうした人もいるかもしれませんが、
本当にデキる人たちは仕事だけでなく、
人生を楽しんでいます。

その辺の仕事のやり方については、
以前「仕事は前倒しで進める」という記事の中で
書きましたので、ご興味がある方はお読みください。

今回は、前の記事とは違う切り口で仕事の本質について
語りたいと思います。

仕事のデキる人というのは、仕事の処理能力や、
計画遂行能力もさることながら、
「手の抜きどころ」を見極める能力に
長けているのです。

「なんだ手抜きか、それなら自分もできる」などと
早合点しないでください。

デキる教員は、一般の教員が行っているような
「授業の準備」や「生徒指導」の手抜きには、
一切手を染めません。

そんなことをすれば、直ちに悪影響が我が身に
跳ね返ってくるのを熟知しているからです。

たとえば、簡単な文書作成やメールの返信などを定型化したり、
自分以外の人に降ったりして、
個人の業務を積極的に精選しているのです。

いらない仕事を切り捨て、自分が力を注ぐべき仕事に
専念する。

だから、一般教員以上の業務量を課せられても、
残業に追いまくられることもなく、
優雅にプライベートの時間を楽しむことができるのです。

プロ野球の先発ピッチャーでも、
9人の打者全員に全力投球をしているわけでは
ありません。

試合の状況や対戦する打者によって、
「手抜きどころ」「ギアを入れる場面」とを
区別しています。

だから、長時間にわたってマウンド上での
集中力をキープすることができるのです。

言い換えると、それができるのがプロであり、
できないうちはアマチュアということです。

では、どうすれば「手の抜きどころ」を
見極められるようになるのでしょうか。

これに早道はありません。

1も2もなく、地道に勉強して実力を
蓄えることです。

目標は、その仕事について人に教えられる
レベルにまで到達することです。

このレベルにまで至れば、その仕事の本質が見えているので、
上手に手を抜くことができるはずです。

未熟者に「時短」や「早帰り」の概念は不要

ここまでスクラップ&ビルドや、仕事の本質といった
話題について語ってきました。

しかし、この話題に付いて来られるのは、
一定以上の水準を超えた人だけです。

条件付き採用の初任者や、経験年数の浅い人は、
「手の抜きどころ」と言われても理解できるわけが
ありません。

経験年数が10年以上だとしても、
この水準に到達していない人はたくさんいます。

そうした人は「時短」や「早帰り」など
といった言葉には目もくれず、
自分の実力磨きに血道を上げるべきです。

「人生はいくつになってもやり直せる」とは
言うものの、
35歳までにエンジンがかからなかった人は、
死ぬまでエンジンがかかることはありません。

そうなったら、ただ年を食っただけのベテランという
哀しいポジションが待っているだけです。

誰かのうわさ話に興じたり、若手に嫉妬して足を引っ張ったりと、
そんなことくらいしか楽しみのないつまらない老後が
待っているのです。

ノッペリと締まりのない表情を顔に貼り付けて、
子どもからも軽くあしらわれる教員。

未熟者が「時短」や「早帰り」といった権利ばかりを
口にしていると、間違いなく待っているのは
そうした晩年です。

先に述べたとおり、「働き方改革」は管理職が口にすべき言葉であって、
一般の教員が旗印に掲げるものではないのです。

本質を見誤ったら、人生を棒に振りかねません。

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