学級経営の核心は生徒愛にあらず
「あなたの学級経営を支えているものは何ですか?」
こう問われて、おそらく教師の10人中9人は、
「生徒への愛情です」と答えることでしょう。
これは誰が聞いても正論であり、
もはや議論の余地すらないように思えます。
しかし、考えてみてほしいのです。
教師に暴言を吐く生徒。
集団で授業妨害をしてくる生徒。
ちょっと注意しただけで、つかみかかってくる生徒。
そんな彼らに対しても、あなたの教育的愛情は
1ミリも揺らがないと断言できるでしょうか。
そう問われると、おそらく10人中10人が
下を向いて黙り込むのではないでしょうか。
ここでご理解いただけたと思いますが、
生徒愛は学級経営の根底になければならないもの
ではありますが、核心部分ではありません。
そうでなければ、生徒への愛情をもって
せっかく教職に就いたのに、学級経営や生徒指導が
うまくいかず、夢を断念して教職を離れる人たちの
存在を説明することができません。
では、学級経営の核心とはなんでしょうか。
授業の指導技術、生徒指導の叱り方、
ルール作り、班編成、学級規律、
どれも重要です。
しかし、それらテクニック論やノウハウ論は
枝葉末節に過ぎません。
それらのテクニックやノウハウを機能させるには、
ある前提を満たしていないといけないのです。
それが、教師の自己愛です。
教師の自己愛が学級経営の核心
学級経営の核心が自己愛と聞いて、
ギョッとした人が多いかもしれません。
「それって自分勝手になれってこと?」
「ナルシシズム?」
そう考えるのが普通でしょう。
ここで言う自己愛とは、
自分を特別扱いすることではありません。
生徒に承認されなくても、
自分の価値を見失わない力のことです。
もっと言えば、自分の存在価値を、
生徒の反応に委ねない力です。
しかし、ここからがこの記事の核心部分なので、
もうしばらくお付き合いください。
たとえば、自己愛が低い教師がいたとしましょう。
彼は自分のことを根底から認めることができず、
ありのままの自分を愛することに抵抗を感じています。
彼にとって、他者承認こそが自己存在感を保つための
唯一の拠り所です。
生徒が微笑めば気持ちが高揚するし、
生徒に冷たくされればどこまでも落ち込みます。
そんな彼が荒れた学級に立たされたら、
どうなるでしょうか。
自己存在感は地に落ち、メンタルはボロボロに
傷ついてしまいます。
そうなったら、もはや学級は制御不能です。
船頭を失った船のように、嵐の海をどこまでも
漂流していくのがオチです。
逆に、自己愛の高い教師であればどうなるでしょうか。
彼は自分の機嫌を取るのは自分だと知っています。
だから、外的要因にメンタルが振り回されそうになっても、
リカバリーすることができます。
なぜなら、根底で自分の価値を理解しており、
ありのままの自分自身を愛しているからです。
そんな彼にとって、生徒に冷たくされても、
必要以上に自分の価値を傷つけられることはありません。
「まあ、そういう生徒もいるよね」と軽く受け流します。
荒れた学級を立て直せるのは、こうした自己愛の高い教師です。
もちろん、いくら自己愛が高くても生徒からの反発は受けるし、
相当なストレスにさらされます。
しかし、どんなに孤立無援に思えるような過酷な状況でも、
彼は教壇に立ち続けます。
彼は生徒に嫌われることを恐れず毅然と振る舞い、
生徒の前向きな頑張りを無にしません。
それを根底から支えるのが、自己愛の高さなのです。
それは、言い換えればボロボロになった自分をも
愛おしいと感じるセルフイメージそのものです。
だから、彼はどんなに厳しい状況でも
決してファイティングポーズを崩すことはありません。
教師が一人で立つから、上位2割が動き出す
そして、教師の孤軍奮闘する姿を見て胸を打たれるのが、
心ある2割の上位層の生徒たちなのです。
上位2割の生徒たちが、「この教師ならついていこう」
「この先生は頼りになる」と感じてくれれば第一段階クリアです。
そして、上位2割が教師の側についたことを感じた
中間層の6割は、少しずつ教師の味方につき始めます。
こうやって、オセロの黒を白に変えるようにして、
学級の勢力図が書き変わっていくのです。
理論としてこのことが腑に落ちていたとしても、
肝心の自己愛が高くなければ実行は不可能です。
そのくらい、荒れた現場というのは過酷だからです。
教師が荒れた現場に手を焼くのは、
テクニックやノウハウの欠如だけが原因ではありません。
テクニックやノウハウを知っていても、
現場で通用しない事例をたくさん見てきました。
テクニックやノウハウはもちろん大事ですが、
それを活かすための大前提である自己愛が育っていなければ、
宝の持ち腐れになってしまうのです。
畢竟、学級経営とは教師の自己愛が
集団規範に転化する営みと言えます。
教師が自分の価値を生徒の反応に委ねず、
一人でも立ち続ける。
その姿に、心ある2割の生徒が動き出す。
その2割が中間層を動かし、
やがて学級全体の空気を変えていく。
だから、荒れた学級を立て直す第一歩は、
生徒を変えることではありません。
教師自身が、自分の価値を取り戻すことです。
自己愛なき教師に、学級は支えられません。
健全な自己愛こそが、学級経営の核心なのです。

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