通知表の所見をAIで書くバカ
まさにタイトルの通りのできごとが、
教育界で起きつつあると聞いて、
呆れを通り越して失望感が湧いてくるのを
感じました。
子供達が作文の宿題をAIに丸投げするのは、
予想がつきます。
でも、まさか教育者たる教師が
そんな愚かなことをするとは。
さらに、怒りに火をつけたのは、
某県教委が堂々とAIによる所見生成を
指南していることです。
「悪い夢でも見ているんじゃないか」と、
思わず二度見してしまいました。
教師を指導する側の県教委が
こんな馬鹿げた発想を持っている限り、
日本の教育は沈没していくしかないのかも
しれません。
考えてもみてください。
あなたは、人生を賭けて愛を深めたいと
考える相手に対して、
その思いの丈を綴ったラブレターを
AIに書かせるのでしょうか。
私は、機械に造らせた文章を、
愛する相手に読ませるなんて
無礼・無作法はとても考えられません。
まして、知的レベルの高い相手なら、
言葉遣いや文章の雰囲気から
本人の筆によるものかどうかくらい、
簡単に見分けます。
今、保護者の教育レベルも高くなってきているのに、
AIに造らせた所見を出したらどんな結果になるか、
想像がつかないのでしょうか。
所見くらいの文章を苦もなく捻り出す能力と、
どんなに忙しくても自力で書き上げようとする気概。
この2つを欠く教師が、
これからの教育乱世を生き延びられるとは
とても思えません。
そうした教師に向けて言いたいのは、
「あなたには子供への愛がないのか」
ということです。
子供時代を思い出してみればわかる通り、
子供にとって通知表の所見を見るのは
1つのイベントです。
「先生はどんなことを書いてくれているのか」
と思いながら、ドキドキしながら通知表を
開いたものです。
そんな子供の気持ちに対して、
どうして誠実に応えようとしないのか。
教師である前に、何か人として大事なものが
欠落しているように思えてなりません。
私はそうした教師を直接には知りませんが、
どのような日常を送っているか容易に想像がつきます。
まず、生徒指導ができないだろうと思います。
なぜなら、根本に愛がない教師の言うことなど、
生徒は本気で耳を傾けないからです。
心のこもったコミュニケーションなど、
できようはずがありません。
所見が書けないということは、
生徒を見ていないということなので、
これは当たっていると思います。
次に、仕事ができないだろうと思います。
なぜなら、所見すらAIに任せるという
無責任にして怠慢な姿勢は、
一時が万事で全てに通じているからです。
たかが、通知表の所見と思うかもしれませんが、
この一事にその教師の仕事の姿勢がすべて現れているのです。
行き過ぎた効率化の行き着く先は人間失格
太宰治の「人間失格」という小説に目を向けてみましょう。
この小説の主人公の葉蔵は、
道化を演じているうちに素顔で社会と接することが
できなくなり、人生が崩壊に向かっていきます。
同様に、過度のAI依存はAIという仮面をつけて
社会を生きるのに等しい行為です。
自分の言葉を探そうと内なる格闘するわけでもなく、
安易にAIが差し出す言葉を社会に提示して
その場しのぎの生き方を続けていく。
その末路は、自分が本当は何を考えているのか
ということすら曖昧になり、
AIという仮面の下で中身が空洞化していき、
行き着く先は「人間失格」です。
今や老いも若きもスマホを手放せなくなり、
一億総スマホ中毒の様相を呈しています。
その結果、若者から子供達まで文章読解力が
壊滅的に衰えていっています。
文章も読めないから、文章も書けない。
その結果、人と知的な会話を楽しむこともできない。
そんな未来に希望などあるのでしょうか。
まさに、「スマホやめますか、人間やめますか」
という地点にまできていると感じています。
自分の言葉を失うということは、
生の感情を失うこととほぼ同義です。
人とつながれなくなった社会の行き着く先は、
恋や結婚の意欲すら失って、
楽しみをスマホの中の動画コンテンツの中だけに
見出すという寂しい人間の群れなのかもしれません。

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