Netflixのドラマ「九条の大罪」から学べること
今話題のドラマ、「九条の大罪」にどハマりして、
休日に夜中までかかりコンプリートしました。
社会のダークネスに鋭く切り込むドラマの雰囲気、
どことなく「闇金ウシジマくん」に似ていると思っていたら、
原作者が同じ真鍋昌平氏ということで納得した次第です。
我々一般人は、こうしたドラマをある種
「怖いもの見たさ」のような興味をもって鑑賞するのですが、
そうした野次馬根性を抜きにしても、
学ぶことは非常に大きいと感じます。
「闇金ウシジマくん」にしても「九条の大罪」にしても、
そこに出てくる底辺層の弱者の人たちには同じ特徴があります。
それが、「易きに流されやすい」ということです。
でも、冷静にご自分の日常を振り返ってみてほしいのです。
こうしてブログを読んでいる勉強好きのあなたはまだしも、
ほとんどの人は何も積み上げることなくダラダラとした
日常を過ごしているはずです。
つまり、「易きに流されやすい」のは、
一部の人たちに限ったことではなく、
ほとんど誰にも当てはまるということです。
ということは、誰しもが気を抜けば「闇金ウシジマくん」
に出てくる弱者のように、人生から転落してしまう
危うさを抱えて生きているのです。
「まさか、自分は大丈夫だろう」
そうたかを括っているあなた。
「自分は大丈夫」と思っている人が、
一番危ないのです。
なぜなら、詐欺に遭う人の常套句が、
「自分は騙されない」「自分は大丈夫」
だったりするからです。
ここで「ヤバい」と背筋が寒くなった人は、
まだ救いがあります。
本当に「ヤバい」のは、
ここまで読んでもノホホンとしている人たちです。
詐欺師は、動物的直感でこうした潜在的弱者を
見抜きます。
あなたやあなたの大事なご家族が、
いつ何時こうした詐欺師のカモリストに
掲載されてしまうか知れないのです。
受験やスポーツ等で一定の結果を残そうと
挑戦してこなかった人は、
「楽して結果を出したい」と根底で考えている
可能性が非常に高いです。
詐欺師は、そうした心の隙に入り込んできます。
裏社会への入り口は、日常の中に潜んでいるのです。
教師の常識は世間の非常識
教師になるような人たちは、
たいていが坊ちゃん嬢ちゃん育ちをしています。
ある程度の家庭環境で、教育もふんだんに与えられ、
国公立大学に進学するのが当たり前という
価値観で生きてきています。
よく「教師の常識は世間の非常識」と言われるのは、
このへんに起因しています。
そもそも、国公立大学に進学できるのは、
世代別に見て国民のおよそ1割です。
その1割の価値観でもって、
教壇に立ってしまうとそれは
「非常識」と言われても仕方がないのです。
さらに、教師になる人たちは
「思いやりを持って人と接する」「約束を守る」
「時間を守る」「お金を大切に使う」
などの行動がある程度自然にできる人たちです。
でも、世の中には「食うか食われるか」
「人は騙してなんぼ」という価値観で
生きている人たちも少なからず存在するのです。
純粋培養の中で育った教師は、
そうした現実と直面すると、
大きなショックを受けます。
教師が他の職業に比べて、
心を病む可能性が高いと言われるのは、
こうした背景もあるのではないでしょうか。
では、義務教育はどうでしょうか。
義務教育とは、国が定めた国民に到達してほしい
学力基準の理想に過ぎません。
でも、教師は自分の基準に照らして、
義務教育は誰でも到達可能なラインと
勘違いしてしまいがちです。
だから、低学力の生徒に対して、
「できないのは努力が足りないからだ」
とハッパをかけてしまうのです。
でも、これはある種のいじめと同じだと
気づく感性も大事です。
高校入試レベルで5教科400点を獲得できるのは
全体の上位10パーセント程度です。
つまり、国公立大学に行ける層とほぼ重なるということです。
国民の大半は、義務教育の勉強ですら、
ほぼ消化できないまま大人になります。
その事実をきちんと踏まえた上で、
教師は教壇に立たないといけないのです。
でも、こうした社会のタブーとされる事実を、
新卒の教師に誰が教えてくれるのでしょうか。
同僚の先輩教師?
所属校の校長先生?
教育委員会が主催する初任者研修?
まさか、そんなはずはありません。
こうした社会のタブーに対しては、
誰もが我が身を守るために固く口を閉ざすのです。
だから、せめてこうしたドラマを見るか、
真実を教えてくれる本を読んで勉強するしかないのです。
教育現場で生きる以上、いつまでも純粋培養のままでは
いられません。
教師はこうしたドラマを見て免疫をつけるべき
だと思います。
生徒を善悪ではなく構造で見ることの大切さ
こうしたドラマを鑑賞して学ぶのは、
立派な教養の1つです。
世間を知ることによって、
目の前で起きている事象を表層ではなく
構造として捉えることができるようになります。
大変な生徒には、大変になるだけの背景が
存在しています。
そこを洞察して接するのと、
表面的な事象に振り回されるのとでは、
後々の学級経営や生徒指導に天と地ほどの
差がついてきます。
「教師の常識は世間の非常識」などと
揶揄されないためにも、
ドラマや映画をを鑑賞して
人間を勉強するべきなのです。

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