頼み事を断られた話
これはただの恨み言ではなく、
私自身の自戒も込めた話です。
この春、異動となり、
前任校の道具を間違えて私物に
混ぜて持ち出してしまいました。
ところが、異動先は前任校から
1時間以上かかる距離にあり、
勤務後に持って出るのはなかなか
大変なことに思えたのです。
そこで、前任校の同僚の先生に、
部活動等で土曜日などに出勤されていたら、
そこにおじゃまするので荷物を預かってくれないか、
とLINEでメッセージを送りました。
しかし、それから1日経っても返事が来ず、
最初は体調でも崩しているのかと心配していたのですが、
既読スルーがついた状態で放置されていました。
相手の立場になって考えたら、
部活中に荷物を預けるなど、
配慮に欠ける行為であったと思い直し、
「こちらの配慮が欠けていたこと」
「負担を負わせるのは申し訳ない」
「荷物はこちらで処理をするのでこの依頼は忘れて欲しい」
という3点を伝えました。
こちらとしては、本当に申し訳ない気持ちで
いっぱいだったので、そのまま罪悪感を
引きずったまま一日を過ごしました。
そして、翌日。
別に期待したわけではありませんが、
それでも既読スルーのまま放置されているLINEを見て、
さすがに私の心も波立ちました。
確かに私にも非はあった。
でも、それはそれ、これはこれで、
こちらの問いかけに対して梨の礫を通すのは、
社会人としてのマナーに反するのではないか、と。
私は、彼に対する信頼が一気に地に落ちるのを
感じました。
職場では頼れる同僚として、
いろんな場面で助けてもらっただけに、
この対応には心底残念な気持ちになり、
悔しくていたたまれなくなったのです。
ここから学べること
確かに自分も甘かった。
それは認めます。
この依頼をした時に、
「もし私だったら相手の頼みを聞いて引き受ける」
という想像が、脳裏を掠めたのは否めません。
私の落ち度は、その自分だったらというバイアスをかけて、
相手の対応を予測してしまったことです。
自分だったら、異動先で困っているであろう、
かつての同僚に手を差し伸べることは
やぶさかではありません。
でも、世の中のすべての人が、
そうした優しさを持っているとは
限らないのです。
その判断ミスを犯したという一点において、
私は猛省すべきだと考えます。
しかし、そのことは相手が問いかけに対して
無返答を貫いていい理由にはなりません。
相手が無返答を貫くのは、私のことが嫌いだから?
それとも、頼み方に配慮が欠けていたから?
いずれの場合においても、彼がそうした
態度をとっていい理由にはなりません。
では、相手がどうしてそういう対応をしたのか?
それは、相手の性格が悪かったからかもしれないし、
虫のいどころが悪かったからかもしれない。
でも、そんなことこっちの知ったことではないのです。
なぜなら、それは相手が引き受けるべき課題であって、
こちらが引き受けるべき課題ではないからです。
私は、ここまでを言語化することで、
昨夜までたちこめていた心の中のモヤモヤが
サーっと晴れていくのを感じました。
言語化の方法とは、
以下の3点で問題を切り分けることです。
- 自分の課題は何か?
これは、自分だったらというバイアスで
相手を見てしまったことです。
- 相手の課題は何か?
これは、こちらからの問いかけに対して
無返答を貫いていることです。
- 状況要因は何か?
これは、忙しくて返答できないことや、
時間がなくて荷物を届けることが
困難であるなどの諸事情です。
この3つの視点で物事を切り分けることで、
自分の負うべき課題が明確になり、
過剰に自分を責める必要がなくなります。
本物の自責思考とは
巷では自責思考のことを、
単純にすべてを自分の責任として引き受け、
相手のせいにしないこととされています。
確かに、他責思考に傾きすぎたバランスを整えるには、
「他人のせいにしない」という立場を
強めに打ち出すことも必要かもしれません。
でも、何でもかんでも自分のせいにするのも
間違っているのではないでしょうか。
たとえば、夜道を歩いていて、
酔っ払いドライバーの運転する暴走車に跳ねられ、
一命を落とした人がいるとします。
その人の遺族に対して、
「あなたのご家族が亡くなったのは、
酔っ払いドライバーのせいではない」
などと言ったら、どんなことになるか
自明だと思います。
本当の自責思考に必要なのは、
課題の分離です。
課題の分離とは、
アドラー心理学の中に出てくる考え方です。
要は、自分が引き受けるべき課題と、
相手が引き受けるべき課題とを
明確に切り分けることが大事だと
言っているのです。
本物の自責思考とは、
悪いのは全部自分と卑屈になることでは
ありません。
自分の引き受けるべき課題明確にし、
次への学びへと変えることなのです。
私も、問いかけに対して無返答を貫く同僚については、
今後はそういう人として接していこうと考えています。

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