頑張っても報われない人
頑張っている割に報われない人がいます。
授業のノートを綺麗にまとめることに血道をあげて、
それなのにテストはさっぱり振るわない。
そんな生徒をこれまでたくさん見てきました。
かと思えば、ノートはまるでミミズが
のたくっているような字で書き殴っているのに、
いつもテストで高得点を取る人もいます。
前者と後者とでは、努力の方向性が違っているのです。
仮に、「ノートまとめコンテスト」のようなものが
あるとすれば、前者はブッチギリで優勝してしまう
ことでしょう。
そして、後者は見るも無惨に予選落ちするに
違いありません。
しかし、もしも教科の学力だけで勝敗を競うなら、
両者の待遇はまるっきり逆転します。
なぜなら、学力をつけることと
ノートを綺麗にまとめることの間には、
ほとんど相関性が存在しないからです。
学力をつけたければ、必要な知識を理解し、
記憶するために反復したり、
確実に問題を解く力をつけるために
演習問題を解いたりするのが早道です。
ノートを綺麗にまとめることにも、
決して効果がないわけではありませんが、
やや遠回りの観は否めません。
前者と後者で大きく異なるのは努力の方向性であり、
ここを誤るといくら膨大な時間を努力に注ぎ込んでも、
すべてが水の泡になってしまうのです。
理想は楽して結果を出すこと
日本人のDNAには、「努力は美しい」という
神話が骨の髄まで染み込んでいます。
学校でもそう教えられたし、
おそらく家庭でもそのように教えられて
きたはずです。
しかし、この考え方は一人歩きしてしまうと
いささか危険です。
下手すると、結果を度外視してでも、
「努力している自分に酩酊する」症状を
招きかねません。
そもそも、人が努力する目的とはなんでしょうか。
それはつまるところ、結果を出すことに
他ならないはずです。
国際ジャーナリストとして活躍していた落合信彦氏は、
こんな言葉を残しています。
「強い者は美しい。そして、限りなく神に近い。」
当時、中学生だった私は、この言葉を読んで
ハッとさせられたのを覚えています。
あまり、日本社会では耳慣れない考え方に
思えたからです。
でも、この言葉には真実が潜んでいると
直感しました。
努力とは、本来、苦しみに耐えることでは
ありません。
努力とは、自分の力を高め、
より強い自分へと向かっていく営みです。
その意味で、努力とはニーチェのいう
「力への意志」そのものだと私は考えています。
ニーチェが説いたように、
人は堂々と強者を目指すべきであり、
それこそが自然の摂理にかなっているのです。
だから、努力は結果を出すためにこそ存在するのであり、
結果につながらない努力など努力と呼ぶに値しません。
強いていうなら、それは努力ではなくただの苦労です。
目標を達成するために、睡眠時間を削ったり、
膨大な時間を費やしたりする人がいますが、
苦労して結果を出しても後が続きません。
理想は楽して結果を出すことです。
もちろん、それは何もせずに棚ぼた式に
結果を待つという意味ではありません。
楽して結果を出すためには、
それなりの下準備が必要です。
そのための下準備を、
私の語録では「努力」と呼ぶのです。
それに対して、下準備を怠って場当たり的に
行動する際に付随する困難を「苦労」と呼ぶのです。
無駄な苦労をするくらいなら、ソファで寝転がっている方が、
疲労が取れて活力が回復する分まだマシです。
少なくとも、無駄な努力で疲弊して、
骨折り損のくたびれもうけになるよりは、
100倍効果的であると言えます。
目標達成の急所を掴む
パレートの法則によれば、
効果的な2割に集中することが、
8割の成果につながると言われています。
私のいうところの努力とは、
この効果的な2割へのアプローチです。
逆に、私がいうところの苦労とは、
効果に直結しない8割へのアプローチです。
別の記事でも書いた「仕事の勘所を掴む」とは、
換言すれば「効果的な2割を外さない」ことです。
それさえできれば、たいした苦労もせずに
仕事で最高の結果を叩き出すことが可能になります。
では、結果に直結しない残りの8割は捨てしまっても
構わないのでしょうか。
答えは、その時のリソースによります。
時間的にも物理的にも余裕がない場合は、
効果的な2割に全振りで構いません。
というか、それがもっとも賢い選択です。
では、自己啓発の専門家の中には、
目標達成のためのタスクを細分化して
実行することを説く人もいますが、
そうしたアプローチは間違いなのでしょうか。
そうではありません。
タスクを細分化するからこそ、
目標達成に向けて意識的・意図的な
アプローチが可能になります。
タスクを細分化して、全てを把握した状態で
効果的な2割を意識的にセレクトするのと、
必要なタスクを把握しないまま場当たり的に
行動するとでは、天と地ほどの差が生じます。
ただし、効果的な2割に全振りするアプローチには
注意点が1つあります。
それは、自分が目標の急所と認識している内容が、
真に効果性を生んでいるかどうかを、
常に検証しつづけることの必要性です。
パレートの法則のアプローチは、
正しく目標の急所を掴んでいるからこそ有効なのであって、
急所を外すとすべての努力が水泡に帰してしまうからです。
授業の終わりに振り返りを設定するのと同様、
個人の目標管理においても振り返りは必須なのです。

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