仕事への畏怖の念を忘れない

フィジカル

プロの定義

組織において、真のプロと呼べるのは
甘めに見積もっても1割程度です。

もちろん、ただ給料をもらっているだけの人
を含めれば、全員プロと呼べるのかもしれませんが、
今ここで扱っているのは別の話です。

大半の人はなんとなく職場にやってきて、
なんとなく仕事をして時間を潰して帰ります。

教師の世界でも、授業の時間をなんとなくやり過ごして、
空き時間におしゃべりをしているだけの人が
散見されるはずです。

こういう人は、たとえ10年選手、
20年選手だとしても、
ただ歳を食っているだけの素人です。

では、プロとはどのような状態を
指すのでしょうか。

そこそこ仕事ができる、というのは
セミプロの段階です。

セミプロというのは、調子が良いときに
プロ級の成果を出せる人のことです。

しかし、ちょっと調子が悪いと
パフォーマンスを落としてしまうこともあり、
成果が安定しません。

しかし、トップ10%のプロは、
たとえコンディションが悪い時でも
それなりの結果を残します。

彼らは結果に対して責任を持っており、
成功と失敗それぞれにおいて要因を分析して、
次に繋げます。

だから、それぞれの仕事に理論が確立されており、
結果に再現性があるのです。

さらに、トップ1%の教師ともなると、
ただそこにいるだけで場が締まります。

学校を変える教師というのは、このレベルです。

彼らは、高い基準で仕事をしており、
非常にシビアに世の中を見ています。

そして、皮肉なことにこのことを
一番わかっているのは、
同僚の教師ではなく、生徒たちだということを
忘れてはいけません。

私たちが生徒たちを評価している反面、
生徒たちから私たちが厳しく評価されているのです。

このことに気づけた人だけが、
プロフェッショナルへの道を歩き始めることに
なるのです。

プロは仕事の本当の怖さを知っている

私は若い頃、実力派と目されるあるベテラン教師が、
「4月の学級びらきの前に緊張で眠れなくなる」
と告白したのを聞いて、拍子抜けすると同時に
安心したのを覚えています。

あれほどのベテランになっても緊張するのなら、
自分たちがそうなるのは不思議でもなんでもないのだ、と。

また、初任者の頃に、ある先輩教師から
「教材研究をしっかりやらずに授業するな」
と怒られたことがあります。

その先輩からこう言われました。

「自分なら、教材研究が不十分だったら
教壇に立ちたくないからいっそ休んでしまう」
と。

あれから何十年と経っても、
その言葉は未だに私の脳裏を離れません。

それ以来、私も教材研究だけは何があっても
万全にして授業に臨むようにしています。

先輩教師が言ったように、教材研究が不十分で
教壇で立ち往生する恐怖を知ってしまったからです。

その恐怖が、私を教材研究へと向かわせる
原動力の1つであることは疑いようがありません。

また、私は学級担任として独自の理論を構築しており、
その理論に基づいて学級経営をしています。

しかし、私が見てきた限りでは、
ほとんどの教師は理論などなく、

経験に基づいて我流で学級経営しているようです。

私には、こうした状況が恐ろしく感じられてなりません。

なぜなら、学級が崩壊する状況の真の怖さを知っているからです。

あの恐怖を2度と味わいたくないと思うからこそ、
真剣に学級経営を勉強して独自の理論を打ち立てたのです。

大変な学級を立て直した経験からは、
成功と失敗それぞれの要因を分析して、
リカバリーのための理論も構築しました。

仮にタイムマシンであの頃に戻って、
もう一度担任をやれと言われたときに、
何をすればいいかは全部頭の中で整理されています。

さらに、私はどんなに疲れた日でも、
ルーティンの筋トレをサボることはありません。

なぜなら、生徒指導困難校での勤務経験から、
体力こそがサバイバルの要件であることが
身に染みているからです。

しかし、これは私に限ったことではないように思います。

普遍的に一切の努力の根底にあるのは、
失敗への恐怖ではないでしょうか。

つまり、臆病さこそが向上心の源であり、
恐怖を知らない人間はそこそこの結果に甘んじて
終わるのではないでしょうか。

私も生徒指導困難校で、数々の修羅場を経験してきましたが、
土壇場でものを言うのは、孤独に積み重ねた鍛錬のみです。

仕事の真の怖さを知っているからこそ、
コツコツと地道な精進を重ねられるのだと思います。

プロとは、仕事を恐れている人間です。

ただし、それは逃げるための恐怖ではありません。

準備へ向かわせる恐怖です。

鍛錬へ向かわせる恐怖です。

自分の未熟さを直視させる恐怖です。

仕事への畏怖を失った瞬間、人は成長を止めます。

逆に言えば、仕事の怖さに震えながら、
それでも教壇に立ち続ける者だけが、
少しずつプロに近づいていくのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました