修羅場の卒業証書

メンタル

修羅場の経験が身になる人とならない人

たとえば、学級が荒れていて精神的にも
肉体的にもギリギリに追い詰められながら
1年を過ごした人がいるとします。

その経験が身になる人と、
ならない人がいます。

経験が身になった人は、
それまでの苦労を微塵も感じさせず、
明るく朗らかに翌年以降から飛躍していきます。

一方、経験が身にならない人は、
修羅場を単なる不運として処理してしまいます。

「あれは大変だった」「もう二度と嫌だ」
で止まってしまい、そこから自分の考え方や
行動原則を取り出すところまで行きません。

そして、その時を境に両者の人生は乖離し続け、
話も噛み合わなくなってしまうのです。

それもそのはず、修羅場というのは
ただやり過ごすだけでは何の意味もないのです。

修羅場をなんとなく乗り切るだけなら留年確定で、
卒業証書はもらえないのです。

再び訪れた試練

私自身、最初に修羅場に遭遇したのが
初任者の時でした。

あの頃、自分には何のスキルも覚悟もなく、
ただ荒波に翻弄されながら、
先輩方の陰に隠れて見守ることしかできませんでした。

それから、しばらくは平穏無事な学校ばかりを
回っていましたが、ベテランの域に達した頃、
ドカンと大きな修羅場と遭遇しました。

その時直感したのが、
「ああ、これはあの時逃げた修羅場から
清算を求められているのだ」
ということです。

この修羅場に向き合うのは必然であり、
ここを乗り越えない限り自分には次のステージは
ないと理解しました。

本当に精神的にキツくて、
何度も体調不良に襲われましたが、
「辞めよう」「逃げたい」と思ったことは
ただの1度もありませんでした。

おそらく、生来の負けん気と、
若い頃から武術修行に打ち込んできたことなどから、
打たれ強さが鍛えられていたことが幸いしたのかもしれません。

でなければ、早々に学校に出てこられなくなったり、
休職していたりしたかもしれないと感じています。

実際に、そうやって現場から身を退く
同僚の姿を何人も見てきました。

問題解決の鍵は真正面から向き合うこと

私が修羅場を乗り越えるのに有効だと感じるのは、
覚悟を決めることです。

「なんだそんなことか」と思うなかれ。

この覚悟を決めるというのが、
みんななかなかできないのです。

そんな簡単に人が覚悟を決められるのなら、
世の中はもっと違うものになっているはずです。

私は、荒れた学級を見ながら、
ゴール目標を「感動の卒業式にする」
と決めました。

やんちゃが跋扈して暴言が飛び交う中、
このゴール目標を誰かに口にしたら
「正気か」「現実を見ろ」と言われるに
違いありません。

でも、私は「感動の卒業式にする」
決めたのです。

バスケ漫画の「スラムダンク」に、
安西先生が「全国制覇を目指すなら、
何が起ころうと揺らぐことのない
断固たる決意を持つことだ」

部員に諭すシーンがあります。

私も安西先生にならって、
感動の卒業式にするために、
何が起ころうと揺らぐことのない
断固たる決意を持ったのです。

この瞬間、私のハラは決まりました。

そうなると、不思議なことに
問題の大半が消滅したのを感じました。

もちろん、相変わらずやんちゃは
やんちゃのままです。

しかし、覚悟が決まったことで、
今後自分が何をすればいいかが
ハッキリと見え始めたのです。

そこからが早かった。

半年もしないうちに学級が落ち着き始め、
結果的に感動の卒業式になりました。

やんちゃ君とも卒業式に記念撮影をして、
友好的な別れ方ができたと感じています。

修羅場を恨んでいるうちは乗り越えていない

私は、現在その1年間を振り返って、
否定的な感情や怒り、悲しみなどは
まったく起こりません。

その当時は、当たり前ですが毎日が陰鬱な気分でした。

しかし、試練が与えてくれる価値やメリットを
言語化する中で、自分の認知が書き変わり、
「この試練があるからこそ、今がある」
と解釈が書きかわりました。

過去の事実は変わりませんが、過去に対する
私の認識が変わったのです。

結果、私は「あの1年は教師としての
自分を鍛えてくれた最高のレッスンであり研修だった」
と感謝するに至りました。

だから、もう2度と同じ試練に直面することはない
と感じています。

仮に、同じ試練が訪れたとしても、
私はかなり余裕をもって受け止める自信があります。

なぜなら、私の中で攻略法が確立しており、
きちんと言語化できているからです。

だから、「もう1度4月から修羅場の1年をやり直して」
と言われたら、既知の過去問を解くように対応できると思います。

逆に、私の中に「もうあの経験は2度とごめんだ」
という負の感情が残っていると、
またどこかできつい思いをしなければならないかもしれません。

未消化の恐れや怒りが残っていると、
人は似た場面に過敏に反応し、
同じような判断ミスや回避行動を繰り返してしまいます。

結果として、似た問題を何度も引き寄せることになるのです。

だからこそ、修羅場が訪れたら、
ハラを決めて真正面からエイヤッと
向き合うしかないのです。

真正面から修羅場を味わい尽くし、
「同じ試練がいつ来ても大丈夫」
と思えたら2度と同じ問題は訪れません。

できれば、解決策を言語化して、
人に教えられるまでになることです。

「ああ、あの1年が自分を鍛えてくれた」
「本当に実りの多い1年だった」
と感謝できるようになれば、
あなたの人生は別のステージへとコマを進めます。

修羅場は、あなたを潰すために来るのではありません。

あなたの中に眠っている次の器を引きずり出す
ために来るのです。

真正面から向き合い、意味を掴み、
攻略法に変える。

その時、かつて地獄に見えた1年は、
人生を変える最高の研修になります。

それが、修羅場からあなたに贈られる
最高の卒業証書なのです。

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