生徒指導で大事なのは、ポイントを外さない力
教育現場において、生徒指導ができる人というのは、
どこかコワモテでいかつい先生というイメージが
つきまといます。
ちなみに、私はというと筋トレをしているので
それなりに筋肉はついていますが、
別にコワモテで威圧感があるとは言われません。
それでも、荒廃した現場でなんとか生き残ることができたのは、
生徒指導の勘所がわかっていたからだと感じています。
逆に、どんなにコワモテで声を張り上げる教師も、
勘所がわかっていなければ1ヶ月と持ちません。
荒廃した現場というのは、
それほどまでに厳しいものです。
生徒は計算で叱れ
「生徒を感情で怒ってはいけない」と言われると、
「何を当たり前な」とほとんどの方が頷かれることでしょう。
しかし、実際に行動に移せる人がどのくらいいるかというと、
途端に心許なくなってくるのではないでしょうか。
ちなみに、本音でぶっちゃけてしまうと、
生徒を感情で怒ってはならないのは、
何も生徒の人権に配慮しているからではありません。
感情的に怒ることは、教育的有効性が低いと
判断しているからです。
もちろん生徒の人格や人権を尊重することは
大前提です。
ただ、私が「感情で怒るな」と考える一番の理由は、
道徳論以前に、教育的有効性が低いからです。
では、どんな場面でも、生徒を叱咤したり、
怒鳴りつけたりしてはいけないのでしょうか。
そうではありません。
あくまで、「感情で」怒ることには意味がないと
言っているのです。
生徒を叱咤したり、怒鳴りつけたりするのは、
あくまで「計算で」やるべきです。
「ここでビシッと言わないと、
この子との関係が崩れる」
「ここで教師の姿勢を示さないと、
示しがつかない」
そう感じた時に、教育的必然性をもって
毅然として叱るのです。
ちなみに、「叱る」と「怒る」の違いを
ご存知でしょうか。
「怒る」という行為は、あくまで自分本位であり、
感情の排泄行為にすぎません。
それに対し、「叱る」という行為には相手に対する
1%以上の愛情がこもっています。
感情でいくら怒っても、相手の心には
何も響くものがありませんが、
愛情で叱られた場合、
相手の心に何かしら残る可能性があります。
私も普段は穏やかな教師を自認していますが、
時折「ここぞ」とピンときた場面では、
一気にスイッチを入れて鬼になるようにしています。
ただし、感情で怒っているわけではありませんので、
指導が終わったあとはいたってサバサバして
後を引きません。
よく、指導と称して生徒を呼びつけ、
クドクドと説教する人がいますが、
あまりセンスのある方法とは思えません。
生徒指導において大事なのは、
ポイントを外さない力であり、
決してコワモテであることやいかつさは
必須条件ではありません。
この点は、かなりのベテランになっても
わかっていない方が多いように感じます。
生徒が軽い悪ふざけをした時、
毎回大声で叱る必要はありません。
しかし、それが学級全体の空気を崩す
一線を越えた瞬間には、
見逃してはいけません。
逆に、そこで見逃すと、
「このラインまでは許される」と
生徒が学習します。
生徒指導の勘所とは、
その境界線を見抜く力です。
仕事の勘所をつかむのが一流
仕事において、「一人前」とはどういう状態を
指すのでしょうか。
それはマニュアルを身につけた状態のことです。
とりあえず、模範解答が頭に入り、
通り一遍のことはこなせる状態。
これが「一人前」です。
たとえるなら、マックの店員が、
マニュアル通りに接客できている状態であり、
決して水準は高くありません。
では、「一流」とはどういう状態を指すのでしょうか。
それは仕事の勘所をつかんだ状態のことです。
生徒指導において、「ここぞ」という機を逃さず
指導できる力や、教科指導において、
目の前の生徒の実態に応じて適切に指導できる力を
発揮できる状態と言い換えることもできるでしょう。
一流に達すると、「ここぞ」という場面の
見極めがうまくなるので、逆にいうと
「ここぞ」という場面以外は抜くことができます。
真の意味の手抜きとは、「ここぞ」という場面と
そうでない場面を見極めるからこそ可能になる、
一種の脱力です。
一流未満の人たちがダラダラ働いていても、
それはただのサボりで手抜きには程遠い状態です。
ちなみに、一流未満が仕事において拠り所としているのは
「経験則」です。
経験則も悪くはありませんが、非常に限定的・局所的で
ありあらゆる場面にまで応用可能な汎用性にまでは到達できません。
それに対し、一流が仕事において拠り所とするのは、
原理・原則です。
原理・原則が身に付いているからこそ、
職人技として一般の教員には成し得ないような
困難な仕事でも対応することができるのです。
では、超一流とはどのような状態のことを指すのでしょうか。
それは、仕事の勘所を言語化し、
人に説明できる状態のことです。
仕事における原理・原則を言語化し、
本に書けるほどに一般化できれば、
ありとあらゆる場面に汎用可能です。
ちなみに、経験年数と仕事の実力は比例しません。
大抵の人は、誕生日が来るたびに、
ただ年を重ねるだけで人生が終わります。
しかし、ごく少数の一流の人々は、
志を立て目の前の課題に向き合い、
他者や本から学び続け試行錯誤を続けています。
この微差が、時が経つうちに大差となって
実力に反映されていくのです。
教師の実力は、声の大きさでは決まりません。
本当に問われるのは、叱るべき瞬間を見抜き、
必要な言葉を、必要な強度で、必要なタイミングで
届けられるかどうかです。
その勘所をつかんだ教師だけが、
荒れた現場でも生き残ることができます。
そして、その勘所を言語化できる教師こそ、
超一流なのです。

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